翠風講の皆様、今年の連日の酷暑、みなさまお変りございませんか。

老人になればだれしもが一つや二つの持病を持ち、自分の身体を宥めながら生きてゆくのが老人の暮らしでありましょう。今年五月、私は十年来の持病の喘息が悪化して意識不明に陥り、普段乗りつけない救急車のご厄介になりました。一切の時間が停止して、幽界とこの世を彷徨いました。意識が戻ったときの不思議な感覚、しばらくしてはじめて、死にかけて観えてきたものを知りました。おかげさまで、いろいろな方のお力で、幸運にも命が蘇り、命の大切さ、愛しさをしみじみ味わいながら今年の暑い暑い夏を元気で過ごしております。皆々さまのご健勝を心よりお祈り致します。

「明易し」

発作きて白にはじまる五月闇

救急入院亡母(はは)来る夢の明易し

救急病棟命しづかに明けやすし

薔薇一輪置かれてありし寝覚めかな

五月闇貫けてこの世を眩しめり

明日ありと思ふ退院立葵

待ちくれし退院の夜の豆の飯

ここだけの話弾みて明易し

退院のみどり差しくる吾が枕

雀らに起こさる予後の明易し

六月や草木の囲む予後の家

青梅雨の香の沁みゆくや肺の奥

死にかけて見えてくるもの更衣

試歩の街ひょいと買ひたる夏帽子

甘酒を啜りて予後の力とす

炎昼や吸入に耐へ喉仏

片蔭をひろひひろひて病み上がり

初蝉のはるかや眼鏡はづしをり

草笛を吹くや翔びゆけ吾が病

朝顔や蘇生せし身の空の色

朝涼や雑巾がけは四つん這ひ

朝涼や足裏綺麗な厨ごと

大股で踏みしめてゆく大暑かな