寄稿文集 平井満夫

寄稿文集 平井満夫
天地いっぱいのいのちを生きる 平井満夫|翠風講ニュースレター第42号

天地いっぱいのいのちを生きる 平井満夫 昨年の夏は殊の外暑かった。それにコロナ禍で外出自粛。そんな中で私は出来るだけ自宅の近くを散歩することで気分転換をはかった。自宅のある横浜の西の郊外は起伏の多い所である。谷あり丘あり […]

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ガンダーラの釈迦像に魅せられて 平井満夫|翠風講ニュースレター第17号

ガンダーラの釈迦像に見せられて 平井満夫 お釈迦様は本当のところどんなお姿をしておられたのであろうか。仏壇の奥に鎮座まします菩薩の様なお姿ではなくて、もっと人間的なお姿を見てみたい。そんな願望を持つのはあながち私のみでは […]

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安心のおもむき 平井満夫|翠風講ニュースレター第20号 平成22年(2010)1月発行

安心のおもむき 平井満夫 我々仏教徒が求める究極の安心(あんじん)とはどの様なものであろうか。余語翠巌老師の御著書の中にこんなくだりがある。 『辯道ということは、何かを、何かにつぎ足して行くことではない。一切を放下する風 […]

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ウエルズの仏教観 平井満夫|翠風講ニュースレター第18号 平成21年(2009)1月発行

ウエルズの仏教観 平井満夫 H.G.ウエルズ[H.G.Wells(1866-1946)]と言えば英国の著名な歴史家で、その著書「世界史大系」(The Outline of History)はその代表作であるが、最近はあま […]

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余語老師の御はがき 平井満夫|翠風講ニュースレター第22号 平成23年(2011)1月発行

余語老師の御はがき 平井満男 私は生涯に二度、余語翠巌老師から御はがきを頂いた。この二通は、後生大事に保管している。 一つは昭和六十三年(1988)九月のものである。 この年の夏、私は十日程の休みを取って妻と欧州旅行に出 […]

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生きていてこそ仏(ほとけ)平井満夫|翠風講ニュースレター第9号 平成16年(2004)9月発行

生きていてこそ仏(ほとけ)平井満夫 「宗教というものは学問とは違う。あんた自身はどう思うかというのが宗教だ。キリスト教ではこう説いています、仏教ではこう説明します、ということではないのだ。あんた自身の心にとってどうなんだ […]

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死んだら何処へ 平井満夫|翠風講ニュースレター第23号 平成23年(2011)9月発行

死んだら何処へ 平井満夫 今年の翠風講の総会、話し合い法座でこんな興味深いやりとりがあった。「先日、あるお葬式で納棺の儀を終えたところで孫から『人は死んだら何処へ行くの?』と聞かれ『新しい旅立ちなのよ』と答えたものの、実 […]

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安心(あんじん)の境地を求めるのが仏教|安心の道 平井満夫|翠風講ニュースレター第44号 令和4年(2022)1月発行 

安心の道 平井満夫 幸せを願う祈り。何が幸せかは人それぞれに異なるが、人間誰しも幸せを願うのは自然の姿である。その願いが叶えられるとは必ずしも限らない。たとえ願いが叶わなくても心が安らかであるにはどうすればよいか。 安心 […]

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