(昭和六十二年九月十一日―十六日 紀行文抜粋)

余語老師様お誕生日を祝して

十四日七時夕食老師様の九日のお誕生日をお祝いしてケーキや贈り物をしてお膳を囲む。食後大好きな赤とんぼの歌やその他賑やかに。祝膳の後再び夜の鳴砂山に出発。ラクダの乗り口のところで思い切り声を出して夜空にちりばめられたこぼれ落ちんばかりの天の川に聞こえよとばかり合唱、夜の更けるを知らず。感激の夜の月の砂漠ならぬ星の砂漠であった。五、六人の人達はラクダに又乗って最後の敦煌に別れを惜しんでいるかの様。十時やっとのことで腰を上げ帰途につく。

十五日(木) 朝食後老師様のお部屋に集まりお抹茶をいただく。八時半「敦煌」映画ロケーション跡見学。その当時を偲んでの大掛りなセットであった。砂漠の真中で大きく両手を上げ深呼吸、大地の自然に充分ひたる。この見渡す限りの大砂漠のどこにでも死者を埋けることが出来るそうだ。家族だけが知っている様なしるしの木が唯立っている。この大地皆の土地という感じ。十時四十分敦煌古城見学。今は唯昔を偲ぶ岩山の一部が崩れ残っているのみ。藤さんの奥様も頑張って頂上に立たれた。

帰途蘭州出発直前平山郁夫先生にお会いできた。(後日、日本橋高島屋においてシルクロード平山郁夫展あり)感慨ひとしほであった。北京着二一時友誼飯店に日本語の上手な葉さん出迎えて下さり感激の握手。賑やかに夕食。十六日午前一時老師様部屋にて葉さん混じえて三時まで…。七時モーニングコール、朝食ショッピング北京空港へ。後は予定通り上海上空を経て五島列島、日本の成田に到着、皆無事で本当にありがとう。

桃梨アンズの香りが彼方此方からあふれ出し空気のおいしい敦煌。美しい景色と歴史の遺跡とが調和して…。莫高窟とそして月牙泉と鳴砂山と…。星の砂漠とラクダと…。そして生涯忘れることのない澄んだ夜空と…。そしていかにも地についてしっかり悠々と歩いている中国の人々。計り知れない遠い文化の埋蔵されているだろう大大地中国。行くことが出来て感謝。謝謝。ありがとう。

(完)