禅の道

寄稿文集 平井満夫
天地いっぱいのいのちを生きる 平井満夫|翠風講ニュースレター第42号

天地いっぱいのいのちを生きる 平井満夫 昨年の夏は殊の外暑かった。それにコロナ禍で外出自粛。そんな中で私は出来るだけ自宅の近くを散歩することで気分転換をはかった。自宅のある横浜の西の郊外は起伏の多い所である。谷あり丘あり […]

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寄稿文集(その他)
ブータンに旅して 菊地豊|翠風講ニュースレター第20号

ブータンに旅して 菊地豊 2010年1月8日よりヒマラヤの小国ブータンに旅行する機会に恵まれました。ブータンは中国とインドの間に位置しているため両大国からの小国に対する脅威を感じ、長年鎖国政策を取ってきました。1950年 […]

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寄稿文集 平井満夫
安心のおもむき 平井満夫|翠風講ニュースレター第20号 平成22年(2010)1月発行

安心のおもむき 平井満夫 我々仏教徒が求める究極の安心(あんじん)とはどの様なものであろうか。余語翠巌老師の御著書の中にこんなくだりがある。 『辯道ということは、何かを、何かにつぎ足して行くことではない。一切を放下する風 […]

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寄稿文集 平井満夫
余語老師の御はがき 平井満夫|翠風講ニュースレター第22号 平成23年(2011)1月発行

余語老師の御はがき 平井満男 私は生涯に二度、余語翠巌老師から御はがきを頂いた。この二通は、後生大事に保管している。 一つは昭和六十三年(1988)九月のものである。 この年の夏、私は十日程の休みを取って妻と欧州旅行に出 […]

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寄稿文集 平井満夫
生きていてこそ仏(ほとけ)平井満夫|翠風講ニュースレター第9号 平成16年(2004)9月発行

生きていてこそ仏(ほとけ)平井満夫 「宗教というものは学問とは違う。あんた自身はどう思うかというのが宗教だ。キリスト教ではこう説いています、仏教ではこう説明します、ということではないのだ。あんた自身の心にとってどうなんだ […]

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寄稿文集 平井満夫
安心(あんじん)の境地を求めるのが仏教|安心の道 平井満夫|翠風講ニュースレター第44号 令和4年(2022)1月発行 

安心の道 平井満夫 幸せを願う祈り。何が幸せかは人それぞれに異なるが、人間誰しも幸せを願うのは自然の姿である。その願いが叶えられるとは必ずしも限らない。たとえ願いが叶わなくても心が安らかであるにはどうすればよいか。 安心 […]

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禅の道 藤田彦三郎
仏法を行ずるに品を選ぶべきにあらず|禅の道 藤田彦三郎|翠風だより 第171号 昭和48年(1973)5月発行

仏法を行ずるに品を選ぶべきにあらず|禅の道 藤田彦三郎 手足あり。合唱行歩にかけたる事あるべからず。仏法を行ずるに品を選ぶべきにあらず。人界の生は皆是れ器量なり。余の畜生等の性にては叶ふべからず。学道の人はただ明日を期す […]

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禅の道 藤田彦三郎
末世について 禅の道 藤田彦三郎|翠風だより第37号 昭和46年(1971)7月発行

禅の道 藤田彦三郎 末世に就いて御説明致します。 末世とは末法の世と云ふ事で釈迦が入滅されてから数えて千年(或は五百年と云ふ人もあります)を正法の時代と云い 次の千年を像法の時代と云い その両時代を過ぎた後の一万年を末法 […]

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