余語翠巖

御垂示 余語翠巖
笑うも泣くもみな人生のかざり 余語翠巌|翠風講ニュースレター 第16号

御垂示 笑うも泣くもみな人生のかざり 余語翠巌 私は愛知県の奥の鳳来山という山の裏にあるお寺の生まれですが、五つのときに住職の父親に死なれました。ところが昔のことで、寺におられぬことになり、母親と一緒にあっさり放り出され […]

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寄稿文集(その他)
ブータンに旅して 菊地豊|翠風講ニュースレター第20号

ブータンに旅して 菊地豊 2010年1月8日よりヒマラヤの小国ブータンに旅行する機会に恵まれました。ブータンは中国とインドの間に位置しているため両大国からの小国に対する脅威を感じ、長年鎖国政策を取ってきました。1950年 […]

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寄稿文集 平井満夫
余語老師の御はがき 平井満夫|翠風講ニュースレター第22号 平成23年(2011)1月発行

余語老師の御はがき 平井満男 私は生涯に二度、余語翠巌老師から御はがきを頂いた。この二通は、後生大事に保管している。 一つは昭和六十三年(1988)九月のものである。 この年の夏、私は十日程の休みを取って妻と欧州旅行に出 […]

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寄稿文集 平井満夫
生きていてこそ仏(ほとけ)平井満夫|翠風講ニュースレター第9号 平成16年(2004)9月発行

生きていてこそ仏(ほとけ)平井満夫 「宗教というものは学問とは違う。あんた自身はどう思うかというのが宗教だ。キリスト教ではこう説いています、仏教ではこう説明します、ということではないのだ。あんた自身の心にとってどうなんだ […]

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寄稿文集 平井満夫
死んだら何処へ 平井満夫|翠風講ニュースレター第23号 平成23年(2011)9月発行

死んだら何処へ 平井満夫 今年の翠風講の総会、話し合い法座でこんな興味深いやりとりがあった。「先日、あるお葬式で納棺の儀を終えたところで孫から『人は死んだら何処へ行くの?』と聞かれ『新しい旅立ちなのよ』と答えたものの、実 […]

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寄稿文集 平井満夫
心豊かに生きるには「足るを知る」が大切ですよ|「足るを知る」に考える 平井満夫|翠風講ニュースレター第43号 令和3年(2021)9月発行

「足るを知る」に考える 平井満夫 爪切った ゆびが十本ある。 余語翆巌老師は提唱の中でよくこの句を話題にされたものである。爪を切っていると自分の指が、えも云われぬ微妙な動きをして仕事をしてくれる。切り揃った爪を眺めて、改 […]

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御垂示 余語翠巖
御垂示 余語翠巌 「ひろやかないとなみ」翠風講ニュースレターより

  武蔵野は今、春から夏への移り変りの中に静かに暮れようとしている。新緑のやわらかい息吹きが微風にゆれて彼の散策の行方に喜び迎える表情を示している。絣着の彼は、ゆっくりと歩を運びながら、浄水場の塔の門を入り、せまい塔の階 […]

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御垂示 余語翠巖
御垂示 道元禅師の初説法 余語 翠巌

  この観音導利興聖宝林寺という寺(深草にあった興聖寺、現在は宝塔寺になっている)は、中国から帰られた道元禅師が天福元年(1233)に開創された日本最初の宗門寺院、即ち曹洞宗の修行道場です。いまでも宇治に興聖寺というお寺 […]

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