生きて居る只今の極楽が分かれば、死んでからの極楽も解決出来る|禅の道 藤田彦三| 翠風だより第37号 昭和46年(1971)7月発行

禅の道 藤田彦三

生きて居る只今の極楽が分かれば死んでからの極楽も解決出来るかと思はれます。逆に死の問題が解決されれば生きて居る問題も解決されるかと存じます。

お互い吾々は生きて居る間一生懸命働き親子、夫婦、兄弟等が一緒に毎日仲良く健康で楽しく暮らせていただいて居る 感謝の生活が出来る事が一番幸福で皆が望む處ではないでせうか。それが自分自身の最大問題の死に直面したり、健康を害したり、親に死なれたり,可愛い子供に先立たれたり、いとしい人に死に別れ等数えれば無限のなやみ、苦しみ、悲しみがあるのが世の中でこの充たされない気持ちを乗り越え彼岸に到る即ち極楽でこれを涅槃とも云い又無為静寂(むいしゃくじょう)とも云いますがこの様な處に行くのにはどうすればよいか

その解決方法は「しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知し、・・・中略・・・親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけまいらすべしと、よきひとの仰せをかふむりて、信ずるほかに別の仔細なきなり」それで念仏より外にその色々な悩み、苦しみ、悲しみ等を解決する方法は何も知らない ただ弥陀の本願を信じて念仏した時に救はれるのだと親鸞聖人はお教えになったのです。

もし念仏より外に何か有難い事やひそかに往生のための方法とか釈尊の教えの教義等を知って教えないのだろうと疑いの心を持って尋ねて来られたのなら全く間違いであると力強くお弟子達に云はれたのであります。

あなた方がその様に疑って来られたのならば南都は奈良北嶺は比叡山であります。奈良や比叡山にすぐれた学者たちが大勢いられるからその学者に会って往生の要(かなめ)即ち往生の一番大切なところを確りと聞かれたらよろしい。と力強く往生の大道は念仏であると遠路はるばる命がけで来られたお弟子達におっしゃったのであります。

翠風だより 第37号 昭和46年7月1日発行 禅の道 藤田彦三郎