末世について 禅の道 藤田彦三郎|翠風だより第37号 昭和46年(1971)7月発行

禅の道 藤田彦三郎

末世に就いて御説明致します。

末世とは末法の世と云ふ事で釈迦が入滅されてから数えて千年(或は五百年と云ふ人もあります)を正法の時代と云い 次の千年を像法の時代と云い その両時代を過ぎた後の一万年を末法の時代と云い 三つを合わせて正像末の三時の考え方であります。

正法の時・・・釈迦がお説きになりました教(おしえ)行(ぎょう)證(さとり)が正しくある時代
像法の時・・・像とは似ていることで形の上では正法が残っておりますが教(おしえ)行(ぎょう)のみあって證(さとり)のない時代
末法の世・・・正法像法の時代が終わって教(おしえ)のみあって行(ぎょう)證(さとり)のない時代

丁度鎌倉時代初めの頃は 末法の世に当る初めで社会的にも自分自身に対しても危機観を感じ捨鉢的にその日を暮らして行く人達も多い様でした。親鸞聖人はこの末法の世を重要視されこの何も出来ない愚かな凡夫であるから阿弥陀仏の本願を信じて本願にお任せして正法を護持して行くべきではないかとお説きになったのではないでしょうか。親鸞聖人は80才以上の御高齢になられてから澤山の正像末法の和讃をお作りになられました

翠風だより 第37号 昭和46年7月1日発行 禅の道 藤田彦三郎