余語翠巌老師

(1912-1996)

大雄山最乗寺前山主

Zen Master SUIGAN YOGO(1912-1996)

Mr. Suigan Yogo was the head of the Daiyuzan Saijoji, a temple of Soto school of Zen, in Odawara, some 100 km southwest of Tokyo.

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世尊指地 余語翠巖

御垂示 道について 余語 翠巖  従容録第四則である。本則の大意は、釈尊が、お弟子達と路を歩まれている時、御手を以て大地を指さして、此処へきれいなお寺を建てるとよいな、と云われる...

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御垂示 道について 余語 翠巖

御垂示 道について 余語 翠巖 「釈迦牟尼仏 明星を見て悟道して曰く、『我与大地有情と同時に成道す』」 『伝光録』冒頭の書き出しである。仏教の流れの源頭に立つ見明星悟道の話...

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史跡というもの 余語翠巖

史跡というもの安芸の宮島への旅行から帰った人が、「ああいうものもだんだん滅びることでしょうね」という。同感したいと思うものの、そう云いきってしまえぬものにつきあたる。観光地と...

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道について(2) 余語 翠巖

御垂示 仏誕生 余語 翠巖 大智さまの仏誕生の頌に 閻浮八万四千城     閻(えん)浮(ぶ)八万四千城 不動干戈致太平     干戈(かんか)を動(どう)ぜず太平を...

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閑(六) 余語翠巌老師

閑(六) 余語 翠厳老師それはやっぱり天地のいのちというようなものの中の一人一人の受けとりかた、自分はこのように受けとっておるんだ、そういうことです。そういうのが今、...

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道について 余語 翠巖

「釈迦牟尼仏 明星を見て悟道して曰く、『我与大地有情と同時に成道す』」 『伝光録』冒頭の書き出しである。仏教の流れの源頭に立つ見明星悟道の話である。瑩山禅師の提示にきく。 ...

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青天白日悞人多 余語 翠巖

青天白日悞人多     余語翠巖(せいてんはくじつひとをあやまることおおし)これは大智禅師(十三世紀の終りから十四世紀の初め頃の人。熊本の出身。大本山総持寺の開祖螢山禅師の...

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何かとは 何か 余語 翠巖

修行せんといかんと考える人。よく永平寺の修行なんかがテレビに出るでしょ。こういう人は言わば「はみ出し人」というか、落ちこぼれなんです。人間は何もしなくても生まれながらにして整うてお...

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あたり前の不思議さ 余語 翠巌

あたり前の不思議さ 余語翠巌 何もしなくてもものが聞こえてくることをありがたいと思いませんか。 普通のことだからありがたいなんて思わないですか。 私たちはそういう錯覚ばか...

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偏界不曽蔵 余語 翠巖

偏界不曽蔵 余語 翠巖 神様の御前に詣でて、至心に拝むとき、私共の心は清らかになる。 いろいろな願い事はしばらく思わずに、ともかく至心に素直に拝むことである。 そ...

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河頭に水を売る 余語 翠巌

河頭に水を売る   余語 翠巌 古語に「河頭に水を売る」というのがある。濁り川のほとりで、きれいな水を売るというようなことではない。水はきれいなものという時代のことである。誰...

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眼處聞聲 余語 翠巖

眼處聞聲  余語翠巖そこはかとなく肌で感ずる新涼の季節、自然の風光のうつろいの徴妙なすがたである。天地の調和――それは創成もあり破壊もある天地のリズム、その全き荘巌に包まれる...

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環中虚 余語 翠巌

いつの時代でも、時代の風潮をなげく声をきく。自分達の生きている時代は、危機に満ちて、なげかわしいことが多いなどと言う。その原因をあれこれと考えることは、現在にかぎったことではないよ...

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笑うも泣くもみな人生のかざり 余語 翠厳

私は愛知県の奥の鳳来山という山の裏にあるお寺の生まれですが、五つのときに住職の父親に死なれました。ところが昔のことで、寺におられぬことになり、母親と一緒にあっさり放り出されてしまい...

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生死は佛家の調度なり 余語 翠巌

この春、桜の頃より微恙(びよう)を得て、三ヶ月ほど静養を命ぜられて、久しぶりに放下の時が授けられて有難い時を過ごし得た.幸というのか不幸というのか、今まで病に臥したことが無かった自...

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自然の中で行じる 余語 翠巌

「観音経」の中に、観世音菩薩は 如何ようにこの娑婆世界に遊びたもうや、とあるところは、どのように拝するのであろうか。私は仏教が中国に入って独特の受け取り方をされているように思われる...

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おまかせの日々 余語翠巌

新年おめでとうございます。毎年賀詞を申上げて新しい年を寿ぐことであります。心からおめでたいのであります。昨年ヨーロッパへ旅した人が、「北極の上を飛びながら、喜怒哀楽のできることは何...

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くらべないこと 余語翠厳

三、四年前に大阪府下の修徳学園を訪れる。「見かえりの塔」として世の人々に親しいひびきをもつ施設である。梅雨に煙る日、塔のきざはしを、名も無き雑草のみだれ咲くを殊の外の思いで見ながら...

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一所不住の徒 余語翠巌

千両の実が色づいて秋の日に美しい。もう初冬の目射しである。時折そこへ小鳥が実をついばみに来る。そんな様子を眺めていると時の経つのを忘れている。そういう時にかっての行脚のすがたをふっ...

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人々尽有光明在 余語翠巌

新年を迎え、おめでとうございます。当山有縁の各位の御多幸を心より祈念申し上げます。道了さまの御利益とは、道了さまの御前では一番素直な自分が現れるということである。自分中心の勝手なお...

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仏教はただ一つ 余語翆巌

「歴吏は自らを繰り返す」というよく知られた言葉を思う。いつの時代でも、その時代を危機感をもって受けとる人々と、そうでない人々があるようである。仏教と云われる時、それが仏教の真理を意...

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信仰の大切さ 余語翠厳

信仰とは簡単に言えば、お互に相手を信じ尊敬しあうことである。人生において、これほど大切で重大な意義をもつものは外にはなかろう。家庭や杜会においても、お互に相手の心の中にある仏を...

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放てば手にみてり「正法眼蔵辯道話私談より」余語翠巖

辯道ということは、何かを、何かにつぎ足して行くことではない。一切を放下する風光に住することである。自らの意志の力をも放下することである。本証のもよおす所、とあり、仏の方よりおこなわ...

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春風高下無く花枝自から長短  余語翠巌

春もすでに逝かんとして、新緑薫風の時節である。春風はよく生々として万物を育てる。春風は、高下なく、わけへだてなく、吹き亘る。高きによく吹き、低きによく吹かぬということはない。まこと...

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梅 早春を開く 余語翠巖

新年おめでとうございます。新年の年頭に再び如浄禅師さまの「梅 早春を開く」を味わいたいと存じます。よのつねの思いでは、早春に梅が咲くという感覚であります。しかし、深い宗教的意味...

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母への思い 余語翠巌

三河北設の山々は、晩夏の夕陽を浴びて静かにその影を正している。山沿いの道は、法師蝉の声に包まれ、彼は母の背で、その声にひたり切っている。母は岡崎への道を急ぐ。大正六年の晩夏初秋の交...

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山があるから登る 余語翠厳

やがて冬山のシーズンが来る。若い人達が危険を犯して山登りをすることについていろいろの批判もある。何故そんなにしてまで山登りをするのかという問についての答は、人によっても異るであろう...

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心境如如 解脱門開 余語翠巖

心境如如 解脱門開  余語翠巖道元さまの教授戒文の第二不倫盗戒の御示しである。心境というのは人間のこころとその対象ということではない。心と云うのは、天地のいのちと云うことであり...

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所懐 余語翠巖

「けらというものに生まれて泳ぎおり」この俳句はどなたの句か知らぬ。新聞紙上でお目にかかって、作者名を失念したことである。けらと云うのは。一寸位の虫であり、地中に住み、従って泳ぎ...

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閑(五) 余語翠厳

閑(五) 余語 翠厳 これは禅門の一つの問答ですがね。洞山(とうざん)と雪峰(せっぽう)の唐代の頃の禅匠ですがねー雪峰という和尚が、その、柴をかついで洞山和尚の前に置いた。洞山曰...

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随流去 余語翠巌

随流去  余語 翠巌 雨の日も、晴れの日も、天地のすがたは、よどみなく流れて行く。雨の日には何か催し事の日の挨拶に「生憎の雨」などと云うことがある。人情の上に於て至極あたり前では...

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雨過ぎて四山低し 余語 翠巖

雨過ぎて四山低し 余語 翠巖道元さまのの御説法の中に、「雲収りて山骨露れ、雨過ぎて四山低し」と示されてある。漠々たる雨雲の垂れこめている時には、山のすがたも定かではないが、雲がは...

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信仰について 余語 翠巖

信仰について 余語 翠巖 昔の川柳に「貸家(かしいえ)と唐様(からよう)に書く三代目」と云うのがある。蛇足の解説を加えて見よう。初代は無一物から、身体一つで鋭々努力して産をなした...

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1984年 新春のごあいさつ 余語翠巖

1984年 新春のごあいさつ 余語翠巖84新春のおよろこびを申上げます。すべてのものが新しい年の輝にみちております。私共のすがたは一人一人獨自にて皆異っております。私共だけでなく...

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