敬老の日に思う     菊地 豊

今年も敬老の日がやって来ます。敬老会と言えば、昔は近所のお年寄りが町長から鳩の杖と紅白のお饅頭をもらってきたのを思い出します。昔は祖父母と暮らすのが普通でしたが、今は夫婦二人で老後を過ごすのが一般的になりました。一人が亡くなると一人暮らしになり、一人では生活できないと子供たちから施設に入ることを勧められます。施設に入ると社会との繋がりがなくなり、ますますボケてしまいます。一人でも生きていける方法を考えなければいけないと感じています。先日テレビで紹介されたお互い様のこころをもって助け合い、シェアハウスで生活する老人達が紹介されていました。住まいは、プライバシーを保ち、社会との繋がりができるレストランやカフェがあり、毎日楽しく生活しているのにびっくりしました。家族と一緒に生活することが難しい現代社会でシェアハウスが注目されているようです。

ブータンでは、現在も二世帯、三世帯で暮らす家族が多く、一家に祖父母がいるということは、それだけで大きな財産だとされています。祖父母と一緒に生活することによって、互いにいたわり合うことや、誰しもが老いていくこと、人の生死などを学ぶことができると考えています。

人は、何かをしてもらうより、周りから必要とされていることに大きな喜びを感じるのです。このような気持をもっているうちは持っている能力も衰えないと思います。 誰かのために何かをやってあげる気持ちをもっているかぎり、歳はとっても、老いは訪れないと思います。ブータンのお年寄りは、歳を重ねても皆幸福と活力に満ちあふれています。

ブータンの高校の先生ツェリン・ドルジさんの言葉に、「しあわせとは、自分のもっているものを喜ぶことです」とあります。ブータンの人たちは、物質的に恵まれなくても、心がとても豊かです。それは「足るを知る」精神が根付いているからだと思います。「大家族だからしあわせと思う人もいれば、大家族であってもそう思わない人もいます。同じように小家族でしあわせを感じる人もいれば、そうでない人もいます。結局、大事なのは「もっているものでしあわせを感じる」ことではないでしょうか。今の環境に満足するかどうかで、しあわせは決まってくると思います

私は、来年喜寿を迎えます。しだいに体力も気力も少しづつ衰えてきました。顔のしわや白髪が気になったり、自分の変化に思い悩むこともあります。前にできたことができなくなり、新しいことがおぼえられないとなると、不安や焦りが出てきます。しかしどんなに抵抗したとしても、その変化は誰にでも必ず訪れるものです。しわの数ほど知恵があるという言葉があるほど、本来、お年寄りを敬い尊敬されるべき証しではないでしょうか。歳を重ねていくうちに出てくる変化も、遅かれ早かれ、来るべきして来たものだと素直に受け入れ、穏やかに老いて生きたいものです。

写真はブータンのお祭りを見学に来たブータンの家族です。ブータンの人たちは、お祭りには正装し家族で1日過ごします。