翠風講 ニュースレター42号|日々断片( その四十二) 小松勝治

▼『足のほてりの記』
お誕生寺の板橋興宗禅師の葬儀で数年前に新春総参拝に参加された富山県梅香寺の住職の渡邊慈江さんにお会いした。慈江さん他室の折駒澤大学OB会でお会いした時に『足がほてる』とお話ししたら後で下記メールが届いた。『足のほてりは腎陰虚で腎虚内熱をしているのではないかと思います。睡眠をしっかりとること、十二時前には寝る事、黒い食べ物、赤い食べ物(トマト、ビーツ、クコの実など)、血を補う食べ物(ほうれん草、金針菜など)を摂り、豆乳、豚肉、いか、牡蠣、山芋、黒キクラゲ、梨、桃、ぶどう、くるみなども陰を補う食材です。血を消耗させやすいパソコンの使い過ぎ、テレビの見過ぎ、夜更かしも避けてください。これは目が肝の開竅であり、肝は血蔵なので、目を使いすぎると血を失するからです。どうぞお気をつけてください。』と頂いた東洋医学のカルテの様ですがおおよそのことは理解できます。七月下旬からあしかけ半年極力生活習慣をカルテ通り改善した、食べ物では・豆乳・牡蠣・梨・桃・ぶどう・くるみ・いかなども普通はあまり食べないのですがこの夏は良く食べた。その結果体質が改善されつつあるようで夏場に弱い私がいつもの夏のように夏バテもせず大晦日を迎えられたことはありがたいことです。
令和二年大晦日にしるす。


▼『巡礼新聞創刊の記』
翆風講の旅行で秩父大野原の源蔵寺を紹介していただいた武田崇さんのお誘いで十月七日水曜日から毎週水曜日五週かけて多摩川観音霊場巡礼を行った、当初は新型肺炎コロナ禍の心配もあったが行き帰りの電車に慎重に乗り、あとは脱三密で浅草、浅草寺の年に一度
のご本尊のレプリカのお前立観音の十五分間のご開帳で多摩川観音霊場巡礼結願の報告以来二週間以上経過して、変わり無いのでコロナの心配は払拭された。ありがたいことです。その『巡礼新聞』から二・三転> 載します。先ずは『巡礼新聞』創刊のご挨拶か。

ご挨拶。令和の巡礼を機に『巡礼新聞』を創刊致しました。三十年前に四国巡礼を発願し坐禅で知りあつた武田崇様のご指導で結願致しました。その後秩父先達会主催の「秩父札所徒歩巡拝」参加等のまとめもかねて創刊致しました。不定期に思いついたついたときに発行します。従って何時まで何号まで続くか分かりません。三年間で十号くらいまで続けば良いと考えております。内容は思いつくまま、随筆風に書きたいと考えております。
投稿も歓迎します。体裁は一号A四三頁以内を原則に発行します。創刊号は脱三密の令和の初巡礼特集とした。しばらくお付き合い頂ければ幸いです。この後に第一日目の工程を記述したが、今回は割愛します。又いつの日か続編を投稿いたします。初出・巡礼新聞第創刊号令和二年( 二〇二〇年) 十月十二日( 水)


▼『巡礼新聞読者投稿の記』
等閑に唱えている開経偈について巡礼随想(2 )として武田崇さんに投稿頂きました原稿をそのまま転載します。巡礼随想(2 )「巡礼の開経偈」について、開経偈は読経の一番最初にお唱えするお経です、全てのお経の深意をこの身心で受け止めよう、ということです、※宗派によっては懺悔文の後に、般若心経の前にお唱えするところがあります、しかし、懺悔文も立派なお経(人間の生き方を示す)であります、懺悔文の前に、言い換えれば全てのお経の初めにお唱えして各々お経の深意を喚起する方が自然ではなかろうかと、※また、巡礼では「開経偈」はお経の意味を理解するのみに止まらず、本来の巡礼はどうあるべきか、観音さまに見合った巡礼(如来真実義)を目指すということはどういうことか、ということも問われているようにおもう、※時としてフト気付かされることありませんか、また思わぬ出来事に出会うこともしばしばありますね、道中の出来事は全て観音さまのおぼし召しだ、と素直に受け止めていきましょう、※今日は観音さまからどんなメッセージが頂けるか、道中いい出会いがありますようにと念じながら開経偈をお唱えしていると心踊ることです、※全て「ご縁、ご縁」と、全て「試練、試練」と有り難く頂戴してカラッとした諸縁吉祥の旅にしたいものです、(崇山)。
以上です、先日お渡した原稿を縮小訂正しました、こんな感じでどうでしょうか、次々号でも登載ご検討頂けば幸いです、どうぞよろしゅう
武田、初出・巡礼新聞第四号令和二年( 二〇二〇年) 十一月四日( 水)


▼『リモート新年会の記』
十月下旬お世話になった朋友からリモート会のお誘いが有った『リモート会』とはパソコンの画像を見ながら会話ができるシステムを活用してウクレレのレッスンを受けレッスン後懇親会に入り茶話会になったり飲み会になったりするとのこと。彼は五つの『リモ
ート会』に属してて新しく彼主催の会への誘いが有った。私はハードソフト共に勉強不足でついてゆく体力・気力・智力・時間力・等が伴わずご迷惑を掛けてはいけないと考えて丁重にお断りすると共に環境が整ったらこちらからお願いすることで、了解を得た。先月下旬娘と孫が女房のために環境を確認の為コロナ禍来宅して利用可能の確認をして帰り当日藤沢と長津田の自宅のテストも完了したその延長線上で元旦十一時から四十分間二局六人で賀詞交換会が出来た。孫のピアノ演奏や私の歌も入りいつもわいわい十人でやる初釜の様にはいかないが華やいだ雰囲気で正月を寿ぐことが出来た。お重のお節料理を紹介し合ったことは従来は無い試みでした。ほかにも三人の会。翆風講の講元と会計監査も出来た。新春総参拝はむつかしいが総会はできそうな気がしました。コロナが収まれば
お山で皆様とお会いしてやる新春総参拝か良いにきまっていますが万が一収まらない場合又は身体の都合で出席出来ない方は文明の利器のお世話になる場合もあるかなと考えた。
令和三年元旦にしるす