翠風講 ニュースレター第42号|寄稿文集 天地いっぱいのいのちを生きる 平井満夫

昨年の夏は殊の外暑かった。それにコロナ禍で外出自粛。そんな中で私は出来るだけ自宅の近くを散歩することで気分転換をはかった。自宅のある横浜の西の郊外は起伏の多い所である。谷あり丘ありの地形に住宅と農家と畑が入り交じり、開発に取り残された雑木林や竹藪も混在して結構緑は多い。そんな中で自宅にほど近い所に「陣ケ下渓谷公園」という公園がある。横浜には珍しい渓谷のある公園で、鎌倉時代源頼朝の家臣和田義盛が狩りのための陣を張ったといういわれから名付けられたそうである。環状二号線に沿った渓谷は鬱蒼とした雑木林で谷底を渓流が流れている。私にはこの雑木林を抜ける散歩道を歩くのが楽しみになった。道の両側には高さ二十メートルはあろうかという巨木が生い茂っている。ムクノキ、コナラ、クヌギ、エノキ、ミズキ、ヤマザクラ、サワラ、ヒノキ、スギ、シラカシ、シロダモ、エゴノキなど、木の名前を確かめるのも楽しいものである。春はうぐいすが美しい鳴き声を聞かせてくれる。夏は耳をつんざくような蝉しぐれ。秋は色とりどりの紅葉。冬はかさこそと落葉を踏んで歩く道もまた好しである。

九月も終りに近づいたある日のことだった。ぬか雨でそれまでの肌を刺す様な暑さが嘘のように涼しくなったので、この公園に散歩に行ってみることにした。雑木林の端に沿った坂道を下ると渓谷の中腹に雑木林の散歩道の入り口があり、私はここで一瞬足を止めて眼下に広がる民家の屋根を見るともなしに眺めていた。そして、ふと思った。今日はこんなに涼しいけれど、夏の間あれほどけたたましく鳴いていたあの蝉は今頃どうしているかなと。と、その時である。突然小さな黒点のようなものが見る間に近づいて来て大きく弧を画いたかと思うと急降下して私の足下にパタリと落ちた。地面に仰向になったのはあぶら蝉だった。少し羽をばたつかせたが、それきり身動きしなくなった。死んだのだ。「蝉はこんな風に死ぬのです」と言わんばかりの蝉の死だった。あまりのタイミングに私はなにか運命的なものを感じた。蝉の死骸はそのままに、私は軽く合掌して踵を返し雑木林の散歩道に入って行った。その後で思ったことである。あの蝉の死骸は蟻がが寄ってたかって食べ尽くされるかもしれない。或いは風に吹き飛ばされて草むらで土に帰るのかもしれない。あれが蝉の本来の面目なのだろうと。天地いっぱいのいのちの生き死になのだろうと。


春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬雪冴えて涼しかりけり
この道元禅師の御歌の題は「本来の面目」だそうである。余語老師の解説によると、花、ほととぎす、月、雪はそれぞれ四季を代表しているもので、「涼しかりけり」は雪のみでなくそれら全てに係り、それぞれに爽やかだという意味にとればよいとのことである。それぞれに本来の面目を現じているということである。その意味では蝉も夏の代表。「夏は蝉」でもよい。あの蝉は本来の面目を現じたのだ。普勧坐禅儀に「身心自然(しんじんじねん)に脱落して本来の面目現前せん」とある。「天地いっぱいのいのちを生きる」の意味合いをあの蝉に教えて貰ったような気がした。
(令和三年一月)