日誌 川口孝夫

私は就床前に、十年卓上日誌をつけ、その日を整理します。昨今は体力気力の比較の為若い頃の今日は如何していただろうか?時々古い日誌を紐解きます。今年振り返った、懐かしい行動を六つ程綴ります。

① 一月一日、前日の大晦日最乗寺の、除夜の鐘を突き合掌。その足で箱根明神岳(千百六十九メートル)頂上で真赤な雲の上の初日の出を拝みます。(二十一歳、昭和三十五年、一九六〇年)。

② 五月一日∫十三日、東海道中(平塚∫・京都440キロ)単独徒歩旅行。背中に簡易テント、寝袋、雨具、替え靴、を背負い十一日目に、雨雲の下で三条大橋に着く。府中を散策し渡月橋の先、嵐山の山中でテント泊、翌朝快晴の苔寺のビロードの苔庭園に感嘆する。強行軍であつたが何故か気持ちは充実し、門前の掲示板の言葉は心にひびく。夕方夜行鈍行列車で帰途に着く。交番二泊、テント八泊、民宿一泊、列車一泊する。(二十六歳、昭和四十年、一九六五年)

③ 九月十七日∫十八日、新職場で女子二百人の前での朝礼が苦痛で、東京目比谷公園の野外ステージで、驚く聴衆を相手に演説の練習を数回する。(二十八才、昭和四十二年、一九六七年)

④ 五月十六日、転職した職場で人事で苦労し、足柄平野の恩人、二宮尊徳翁の伝記、新勝寺での断食修行を見習い、十四日間の断食を決行する。体重減七,五キロ。肉は下半身からおちる。(二十九歳、昭和四十三年、一九六八年)

⑤ 七月二十八日、富士登山三回目挑戦、須走り口より(三十二歳、昭和四十六年、一九七一年)

⑥ 十月八目、福井小浜の仏国寺で、八日間の接心会九十八炷坐る、只管打坐。(六十五歳、平成十六年、二〇〇四年)

思い出を辿ると、こんな詩がうかびます。
空は雲に似ている、いろんなかたち、いろんな大きさの雲、それらはやってきて過ぎ去っていく、でも空はあくまで空のままだ、雲はただの過客にすぎない、それは通り過ぎて消えていくものだ、そして空だけ残る。空とは存在すると同時に存在しないものだ。ただあるがままに、受け入れ呑み込んでいくしかない。(春樹)

平成二十年十二月六日