帰郷後二度目の冬を迎えて 臼川正信

平成十八年十月十九日に故郷に帰りました。次の日に転入届を出し、四十三年ぶりに鷹巣(秋田県)の住民となりました。すぐに冬支度があり、荷物等の整理が一段落したと思ったら正月。雪の少ない冬だったとはいえ、寒さが身に染みました。思い出されました。東京に行った印象の第一は暖かい所だということと、人が多いということだった。今は全くその逆で、寒いし、人は少ない。そう過疎化です。しかし、生まれ育ったこの地にて私は生きていくのだと思うと新たな闘志が湧いてくるのを感じた。これからが本当の自分の生き方ができるのだ。今まではパンを得る為の仕事をしてきたが、それから解放されたのだ。一日二十四時間をフルに自分のやりたい事に使いたい。

人生の折り返し点はとうに過ぎた。それどころではない八十歳まであと十七年となってしまった。死ということを若い時から意識してきたが、それがいよいよ強くなってきた。死を考えることは生を考えることであり、表裏一体であります。まだまだ時間があると考えるか、もうあまりないと考えるか、あるいは全く考えないか、人それぞれであろう。しかし、考えようが考えまいがそれとは無関係に、総ての生きとし生けるものが刻一刻と再び後戻りのできない死に向かって歩んでいるのであります。いつまでも生を享受していられません。正に諸行無常です。

人それぞれの生き方、価値観がありましょうが、修証義の一節にあるように、「無常忽ちに到る時は国王大臣親暱従僕妻子珍宝たすくるなし、唯独り黄泉に赴くのみなり」であります。胆に銘ずべきことです。仏道を志す者として、曹洞宗の信徒としてその著「正法眼蔵」をとことん参究するのみと思っている。岩澤惟安老師提唱の「正法眼蔵全講」全二十四巻をである。お経は「心経」一つにしぼって参究します。今までは種々の仏教書を読んできましたが、当分の間止めます。このような方針で十九年はやろうと思い、三月頃までは順調でありました。しかし体調が思わしくなくなりました。まず(1)体がだるくて、又眠くてしようがなかった。(2)八月頃まで湿疹(病院に行って分かった)に悩まされ、(3)十月からはセキが中々止まらない。病院に行ったら喘息とのこと、(4)十二月になってやっと治まったと思ったら、下痢が一週間程続いた。私が今まで罹ったことのないものばかりである。いったい私の体はどうなっているのだろうか。今までの疲れか、環境の変化によるものか、気の緩みなのか。良く分らない。

禅では「病になる時はなるがよかろう」ということをいわれるが、実際に我が身にふりかかれば中々辛いものがありました。気力が湧いてこないのです。それでも眼蔵を読むのですが、猛烈な睡魔が襲ってくる。平成十九年はこういう状態の一年でありました。正法眼蔵随聞記に従えば、「病気であろうが、調子が悪かろうが、素質があろうが、なかろうが、ただ身命をかへりみず発心修行する、学道の最要なり」ということになる。さすれば、そうすることができなかった私は、まだまだ仏を求める志が弱いということだ。今一度冷静に自分に足りないものは何かを問うて、浮かび挙った事柄の一つ一つに取り組んでいかなくてはいけないと反省すること大であります。

一年の計は元旦にありといいますが、何をするにせよ総ての行動の基礎は健康あってのことと再認識させられました。翠風講の皆様もゆめゆめ油断なさらないよう気をつけて下さい。自分の体と対話することが大事です。平成二十年はこの当たり前の事からスタートします。