翠風講 ニュースレター第42号|寄稿文集 上徳谷の如し 菊地豊

昨年は、コロナ渦で始まリ、コロナ渦で終わってしまいました。
今年はどんな年になるのでしょうか。毎年、年の初めに今年はこうしようと決意しますが、なかなか行動に移すことができなく終わってしまいます。気がつくと人生最後の日を迎えようとしています。しかしその日が何時来るのか私たちは知ることができません。

昨年はコロナ渦でいろいろな事が考えさせられました。私は時間的な余裕ができたので古い8ミリフイルムや8ミリビデオをデジタル化しています。古いフイルムやビデオを再現して気が付いたことは、「自分はどのように生きて来たか」が映像を通して分かりました。若いころは、家族の為一生懸命働き子供の成長を見守る親の姿が描かれています。また旅行を通して世界各国を廻つた記録が沢山あります。自分の夢が実現できたことが映像で見られます。このビデオは私にとって宝物です。これからは夫婦で幸せな人生を送つている姿をビデオに収められたらいいなーと思つています。最近手に入れ読み始めた本に老いなき世界(Life Span) があります。まだ最後まで読んでいませんが老いも病気だと言っています。この病気を治すと健康で長生きできるそうです。将来この老いを治す治療も開発されるのでないかと思います。現代社会のように寿命が伸びても、人間らしく生きられなければ長寿の意味がないと言つています。寿命が尽きる時まで健康で人間らしい生活が
出来るのが望みです。「貴方は何の為に生きてきたのですか」と問われたら一生懸命生
きてきましたとしか言いようがありません。一瞬一瞬を真剣に生きて来たとしか言えません。私たちは毎日毎時間毎分毎秒、人生の最後に向かつて歩み続けています。その日がいつ来るのか私たちは知りませんが一瞬一瞬を真剣に生きたいと思つています。さて今年は何を目標に生きていこうか・・・。

ブータンの人々は生きているものを大変大切にします。輪廻転生を信じているブータンの人は、来世に何に生まれ変わるのか真剣に考えます。もちろん再び人間として生まれ変わるのが一番いいのですが、時には人間に変われない場合もあります。このハエも野良犬も、もしかしたら私の親戚が生まれ変わつたのではないかと殺せないんだと言います。生きている間に徳を積みなさい、そうすると又人間に生まれ変われるんだと教えています。子供達には毎月各地で行われるお祭りで生きている間に何をしたらいいかを仮面劇で教えています。

老子の言葉に「上徳如谷」( 上徳谷の如し) があります。調べてみると山が二つあるところに谷ができます。山は目立ちますが、谷の存在に気付く人はまれです。山には日の光が当たりますが、谷は日陰になります。しかし、人が住みにくい山に比べ、谷は盆地や平野として広がり水を湛える川を育み沢をつくります。そこに動植物が自然に集まり、人々は住まいを作り農耕を営みその豊かな恵みで生活していくことができます。谷は自ら一切主張せず何一つ自己の所有とせず、人知れず生き物に豊かな環境生活の糧を無償で提供してくれます。それはまさに無償の愛そのものですと説明しています。欲という文字は谷
を欠くと書きます。欲のない無償の愛を与えなさいという素晴らしい言葉だと思います。
ブータンの人たちは標高二千- 三千mのわずかばかりの盆地を耕して生活しています。足るを知る精神がないと生活できない環境です。ブータンの人に幸せですかと問うと毎日家族が一緒に食事がとれることが幸せですと答えてきます。われわれにとつては耳の痛い答えです。コロナ渦はいろいろなことを教えてくれました。私にとつては先祖が実践してきた精神「上徳如谷」を学ぶ事ができたのは素晴らしい事だと思っています。

翠風講ニュースレター42号 令和3年1月発行