天地のいのち 平井 満夫

天地のいのち 平井 満夫

「仏法の法という字はさんずい偏に去ると書く。水が高きから低きに流れるのは人間が決めたことではない。憲法や刑法の様に人間が作った法律の法ではない。人間の力ではどうにもならない姿を云う」余語翠巌老師のお言葉である。宇宙における人間という存在、自分という存在とは何かを考えさせられるお言葉だ。「万法(まんぼう)に証せらるる」という道元禅師のお言葉に通じるものと理解する。

「天地のいのち」とも、「仏のいのち」或いは単に「仏」とも老師は云われたが、宇宙にはなんとも限定し難い無限の活動体、「天地のいのち」としか云いようのない無限定のものがあり、その有限の姿として山は山、草木は草木、花は花が夫々に現成しているように、人間も夫々に、自分は自分で存在しているという訳だ。「一人一人お互い様に授かった姿だから文句なし。それに安住していればよろしい」老師のお言葉である。

成程その通りなのだが、ところが現実には「はい、そうですか」と安住もしていられないのがお互い様の姿ではないだろうか。

伝説によると、釈迦は今から約二千五百年前、北インドに於いて修行の末、「吾と大地有情と同時に常道す」という悟りの境地に入られた。釈迦は、人間の心を苦しめるものは何か、どうすればその苦から解放されるかを追求された結果、苦の原因は人間自身の欲望(煩悩)―広い意味で言うと情念―の暴走にあり、情念は無くすことは出来ないが制御することは出来ると悟られたという。情念を制御するにはどういう心の持ち方をすればよいか、どの様に行動すればよいかを考え、その行動規準を「戒」としてまとめ、人に説き、自ら実践された。これが仏教の始まりと云われている。

ダライ・ラマは「釈迦は科学者だ」と説いているそうである。これはどう解釈すればよいのだろうか。釈迦の生きられた頃、それは科学という学問どころか文字すらも殆ど無かった時代である。それに第一、仏教は宗教であって、科学ではない。それなのに何故そういう認識が出てくるのかと考えてみる。

およそ科学の世界では、自然現象について或る仮説をたて、それを実験により仮説の正しいことを証明することで真理と認められる。釈迦の為されたことは、人間の心の世界に於ける心の動きについて、苦の原因は情念の暴走にあるという法則―それは自然科学における重力の法則に相当するとも云えよう―の発見から出発して、情念は方法によって制御出来るという仮説をたて、如何にすれば心の安らぎを得られるかの道筋を明らかにし、自ら修行し実践されたということ、いわば実験で正しさを証明された訳で、その追求の仕方、アプローチが科学的だったどいう意味だろうと、私は理解する。

仏教には他の宗教に見られる様な「預言者」即ち、神の意思を伝える者、の入る余地は無い。有るのは自然の摂理に対する畏敬である。「神」という概念に疑念を抱き、既成の宗教に物足りなさを感じている人達が、海外、特に欧米で増えていると聞く。科学的で、既成概念に捉われない自由な仏教、特に禅的思想は彼らの受け皿になれる要素を充分にもっているのではないかと私は思う。

さて、余語老師のお話しに戻る。老師の教えの根本にあるのは「天地のいのち」ではなかろうか。それには前述の仏教の思考方法が反映されていると思われる。自然の摂理と調和している。例えば不殺生戒というのは「仏のいのちを殺すな」ということだと教えられた。

「私がいつも言う様に、現にこの様に生まれて生かされているこの姿。それは天地のいのちが現じておる姿だ。天地のいのちが花になり、風になり、雲になり、人間になり、自分になっているのだから、それを殺さずに大切にしなさいということ。自分の顔を注文して生まれてきた奴はおらん。今さら文句いうても始まらん。そういう思いに至ったら、やれ顔が美人だとか、不美人だとか、頭が良いとか、悪いとか、背が高いとか、低いとか、そういう事は末の問題だということが分かってくるでしょう。安心でしょう、それで。そうでもないかな?」という具合である。

老師は自分の説を他人に強要されるようなことは決してされなかった。決着はあくまで自分でつけなさいというスタイルだった。老師の教えは、日本のみならず世界のどんな人にも受け入れ易いのではないかと思う。私はこの春、余語老師の教えを私なりに解釈して、十五章のワンポイントレッスンにまとめた英文の小冊子を自費出版したが、その動機は以上の様な次第で、海外で少しでも多くの人達に読んで貰えたらと思い英文にした訳である。「禅とは何か」と問われても、私はどう答えてよいか分からない。しかし、禅の師匠であられる余語翠巌老師が何を伝えようとされたかについては、私なりに理解し咀嚼して書いたつもりである。

(平成二十六年七月)