千の風になって 関根章雄

最近評判の歌「千の風になって」はクラシック系歌手の秋川雅史さんが歌っているもので、仏教界でも各所で話題になっているという。コラムニストでも著名な名取芳彦師は「昨年からお坊さんたちはちょっと怒っています」という書き出しで、この歌の中の「お墓の中にはいません」は亡き人の魂が偏在しているならお墓の中にもいるんだよ」といっている。

又、学者でもある高野山の松尾管長は「この歌には違和感を持っている。元来は苦しみの輪廻を脱して人々を悟りに導くのが仏教だが、輪廻は今や避けるものではなく、望ましいものになっている。死んでも風になり、星になっていますという考え方は真っ向から仏教に反する」と言っておられるが、霊魂の永遠性を信じて、お大師様の入定を護る高野山の管長のお言葉として如何なものか、私は大変疑問に思うのである。少なくとも、私の信奉する曹洞宗ではこの様な考え方はしないからである。というのも、あの世とこの世の世界ではない、同じ曼荼羅世界に含まれるが故に、風になり、雪にもなるのである。

あえてもう一つ加えるなら、白隠禅師坐禅和讃「衆生本来仏なり、水と氷のごとくにて、水をはなれて氷なく、衆生の外に仏なし」にもこの「千の風になって」は通じるように思う。

この歌が初めて百万枚の売上げを達成し、秋川雅史さんが八月二十二日、東京都渋谷区のレコード会社で、音楽情報会社オリコン社から表彰されたと新聞は報じた。いずれにしろ、この曲から元気や勇気をもらう人々が沢山いるのは確かであると思う。思うに、余語翠巌老師のいう「融通無礙」の世界がここにも垣間見ることが出来ると私は思うのであるが、どうでしょうか。