余語老師の御はがき  平井満夫

私は生涯に二度、余語翠巌老師から御はがきを頂いた。この二通は、後生大事に保管している。

一つは昭和六十三年(一九八八)九月のものである。この年の夏、私は十日程の休みを取って妻と欧州旅行に出かけた。スイスのジュネーブで、たまたま万年筆の専門店を見つけたので、余語老師の喜寿のお祝いにと思いペリカンというドイツ製の万年筆を買い求めた。これは日本字をとても柔らかいタッチで書ける私の好きな金ペンである。帰国後、大雄山の夏期禅学会に上山した際、真如台に老師をお訪ねして差し上げた。翌月になって頂いたのがこの御はがきである(写真)。

老師独特の達筆で、よーく読まないと分り難いが、こう書いてあった。

「禅学会では御無礼致しました。すばらしい萬年筆を下さって有難うございました。今朝原稿を書いてもう手放せなくなりました。この字もそれで書いております。
暑さが戻ってきました。残暑にふさわしい日々です。御大事に。
奥様よい小旅行でしたね。
大雄山中 余語翠巖」

ああよかった、老師に気に入って頂いてと安堵したのは勿論である。

実は、この万年筆には後日談がある。それから五、六年もたってからであろうか。どこだったか記憶にないが、老師とお会いした時、こんな事を私に話されたのである。

「そやそや、あんたに貰うた、あの万年筆なあ。あれを飛行機の中で使ってたんやが、下りしなにどこかで無くしてもうてなあ。こりゃしもたと思うて、すぐに劫外(当時侍者をしておられた丸山劫外さん)にあれと同じもんを買うてこいと買いに行かしたんや」と。

惜しいことをされたとは思ったが、それ程までにあの万年筆を御愛用頂いたのかと内心嬉しくもあった。差し上げた者にとっては冥利に尽きるお言葉である。こんな老師のお言葉こそが「愛語」というものであろうかと思った。

もう一通は中国の桂林から頂いた絵はがきである。何時の年だったか分らなくなったので、同道された小松勝治さんに確かめてところ、これは平成七年(一九九五)九月のことで、楽しい旅だったそうである。それには、

「七日 桂林着三泊の遊山
気軽な旅はよいものと沁じみ思っております
昨夜は十五夜の寂かな棭(夜?)でした
清風と明月ありて
漓江あり
翠巖」

とあった。旅先で誰彼となくペンを走らせておられる優しいお心遣い。そして私にまでお出し頂いた老師のお気持に心底感激したものである。それにしても、老師の御帰国後果たしてこの御はがきのお礼をきちんと申し上げたどうか、記憶をたどってみても甚だ心もとなくなってきた。不肖の弟子の失礼の段。せめてものお詫びにと思い、昨年暮れの老師の御命日には、墓前にこの御はがきをお供えしてお参りさせて頂いたという次第である。

平成二十三年一月