ボロ市雑感  関根章雄

二〇〇九年一月十六日、以前から念願だった世田谷のボロ市にようやく行くことができた。毎年十二月十五、十六日と次年の一月十五、十六日の四日間開かれ、一切曜日に関係なく開かれる市で、世田谷を代表する冬の風物詩となっている行事である。この時は勝手が分からず人混みの中で身動きもとれず、ボロ市通りの露店の前を行ったり来たりで終わってしまってじっくり観察する余裕はなかった。

十二月の二回目は天気も良く暖かかったこともあってゆっくりと露店を見て廻ることができ、やっとその全貌がつかめた。

ボロ市の歴史は古く、天正六年(一五七八)に「楽市」として始まり、明治になって着物のつぎや、わらじの補強のためのボロが盛んに売買されるようになったため「ボロ市」の名で呼ばれるようになったという(世田谷区立郷土資料館資料より)。現在では骨董品〔仏像、翡翠の置物(本物かどうかはわからないが)花瓶等々〕、日用雑貨、書画、古銭、古切手、蓄音機、レコード、ビデオテープ、喫煙具(きせるなど)、筆立て、刃物、包丁、農耕具(カンナ、鍬、鎌など)、玩具類(ブリキ製の飛行機、各種オモチャ)刀の鍔、衣類、反物(呉服)、ベルト、レザー地、じゅうたん、植木類(盆栽など)、食品類は魚肉、干物、乾物(かつおぶし)、シラスなどあげていったらきりがないのでやめるが、ありとあらゆるものが並んでいる。

初日とあってか、十時半頃になると、地元の桜小学校の鼓笛隊とブラスバンドの行進がメーンストリートのボロ市通りであった。端から端までおよそ二㎞にわたって七百店以上の露店が並び二十万人もの人出でにぎわうというのもうなずける。通りの随所で、ラーメン、やきとり、酒、お握り、チヂミ、ジャガバター、ドック類、生ビール等があって、コンビにもあり食事には困らない。

ともあれ、この市には忘れられた人間臭さが漂っていて何とも不思議で心あたたまる思いにかられる。  交通便は、京王線下高井戸下車、東急世田谷線で上町下車である。とにかく、一度は行ってみる価値のある所です。