心境如如 解脱門開  余語翠巖

道元さまの教授戒文の第二不倫盗戒の御示しである。心境というのは人間のこころとその対象ということではない。心と云うのは、天地のいのちと云うことであり、その天地のいのちが展開して、大地有情一切の存在となっている。それを境と云う、それを如々と云う。されば境は、天地のいのちの顔である。天地のいのちは仏と云うことである。大地有情は、仏様の顔である。お互様の顔は、さずかりの既製品である。誰も顔を註文して生まれてきた者はない筈である。

ごてごて云うことはいらぬことである。過不足のないすがたである。万有すべて過不足なきすがたを「山高水遠」と云う。長短方円すべて事足りている。すべて事足りている時、物ほしい心は起らないわけである。不倫盗戒のいわれである。世間で云うどろぼう根性よりもっと深い意味合いの宗教的風光をしみじみ思うことである。

(雑誌「大雄」 一九八九年 錦繍号より)