新年おめでとうございます。新年の年頭に再び如浄禅師さまの「梅 早春を開く」を味わいたいと存じます。

よのつねの思いでは、早春に梅が咲くという感覚であります。しかし、深い宗教的意味合に於ては、梅が早春を現じていると云うのであります。梅に於て早春が自らを現じているのであります。私共の、うつろい行く、かりそめの、うたかたのこのいのちに於て、天地法界のいのちが自らをそこに現じているわけです。仏性が自らを現じているわけです。我々が一人一人仏性をもっているというのではないのです。仏性が自らを、この無常の上に現じているというのです。このうつろい行く、うたかたのいのちが仏性そのものだと云うのです。

されば千差万様のすがたのままで仏性が現じていると云う。人間の寸法のあてはまる世界ではないと云うことです。
(「大雄」誌 一九九〇年 新春号より)