新年を迎え、おめでとうございます。当山有縁の各位の御多幸を心より祈念申し上げます。道了さまの御利益とは、道了さまの御前では一番素直な自分が現れるということである。自分中心の勝手なお願いを叶えて下さることが御利益ではない。素直になった自分の心で、自身の浮世百般の出来事をみれば、嬉しい事も悲しい事もすべてが、道了さまの御加護の下での起き伏しであることに気づかされる筈である。 

雲門大師の「人々尽有光明在」(にんにんことごとくこうみょうのあるあり)のお示しは、生涯に生起するすべての出来事は道了さまの御加護の下にあることの消息を端的に表されたものである。 

何度でも親しく足を運ばれて、そのつど素直な自分に立ち戻り光明に包まれて在る自身の人生を確認することが御信心の根本である。私共は光明の中に生まれ、光明の中に生き、光明の中で死ぬのである。人生の営みのどれもこれも光明蔵裡の一挙手一役足であることを会得せられよ。

(「大雄」誌1997年新春号『垂示』より)

(翠巖老師は、この年の前年1996年12月21日に御遷化されました。従ってこれが老師最期の御垂示となりました)