1984年 新春のごあいさつ 余語翠巖

84新春のおよろこびを申上げます。すべてのものが新しい年の輝にみちております。私共のすがたは一人一人獨自にて皆異っております。私共だけでなく、森羅萬象悉く夫々のすがたをしております。見えるすがただけでなく、心のあり方もちがっております。人間という窓口から眺めますと、すばらしいと思われるくらしをする人、又みじめなと思われるすがたで過す人もありますが。人間の窓口をはずして廣い視界に立つと、夫々が、天地の御いのちの中に、高低長短それぞれの場所を得て一つの大きなハーモニーを形造っていることに気づきます。その大きな眼界から見る時に、今の一時の境は一つのすがたということがわかり、いつも大いなるいのちの一分を生きていることに気がつきます。新春がくればもれなく、新春のひかりに包まれるのであります。共々によろこびあえることこそ尊いことであります。

「めでたさも中くらいなりおらが春」一茶の句があります。いろいろとあることであろうが、ともかくも、めでたさに変りはありませぬ。佛さま、菩薩さまの、いつも光のあふれていることに気付きたいものです。

(「大雄」誌一九八四年新春号『垂示』より)