「けらというものに生まれて泳ぎおり」

この俳句はどなたの句か知らぬ。新聞紙上でお目にかかって、作者名を失念したことである。けらと云うのは。一寸位の虫であり、地中に住み、従って泳ぎは下手である。その下手な「けら」の泳ぎを見ての俳句である。

この句から受け取れる思いは、「成道」ということである。「山川草木悉皆成佛」というとき、それはどう云うことなのか。人が成佛すると云う時、何ということなく、分ったような気がする。されど山や川や、草や木が成佛すると云うのはどう云うことか。それは草が草であり、木が木であると云うことである。過不足なきその相を成道という。それ故にこの句を「人というものに生まれて生きており」と云い換えて見ると、同じようにうけとれる。

天地のすがたがそうなっているということである。香厳さんの「更に修治を假らず」と云う消息である。

(雑誌「大雄」一九九五年新緑号巻頭言より)