禅の道 第三号   藤田彦三郎

禅の道 第三号    藤田 彦三郎 昭和45年11月10日

「50丁山に入りて永平寺を礼す。道元禅師の御寺也。邦畿(ほうき)千里を避て、かかる山陰(やまかげ)に跡をのこし給ふも、貴きゆえ有りとかや」

これは今から300年以前(元禄2年)に俳聖芭蕉が晩年の円熟した境地に達してから旅に出て書いた紀行文「奥の細道」の永平寺詣りの模様の処であります。これを現代語に訳しますと、

「50丁(5・5㎞位)ほど山に入って永平寺に参拝した。永平寺は道元禅師のお開きになった御寺である。都付近を避けてこんな遠い山中に寺をお残しになったのも貴い理由があってのことだと云うことである」

私も小学校2年生の時(今より50年程前)夏休みを利用し北海道旭川より兄弟三人妹一人で両親が福井出身なのでポッポ走る汽車で三日がかりで福井の叔父さんの処に遊びに行きました時叔父さんに連れられて炎天下汗をふきふき永平寺まで歩いて行った事を懐かしく思い出します。道は今の様に舗装されて居らずひどい道でした。

その時は何も分からずお詣りを致しましたが今から750年余り以前にあの越前の深い山の中に京の都を遠く離れて道元禅師がお寺を開創された事は大変な事であり何故その様な処に開かれたか疑問に思う処で御座います。

今は福井より電車又は舗装された立派な道路が出来て30分位で歩くことなく楽々と行かれます。昨年6月にお墓参りのため長男の運転する車で出来たばかりの東名高速道路を走り米原より北陸道を福井まで行って来ましたが約7時間で着きました。驚くばかりで御座います。