法輪本転無欠無余 余語翠巖

1995(平成7)年 10月に発行された「翠風だより16号」より抜粋

法輪本転無欠無余

「法輪本より転ず」道元禅師のおさとしである。
不妄語戒のおさとしである。不妄語戒というのは「うそいつわりを言いませぬ」と云うことのように教えられることであるが、それは3才の童子もよく知るところである。どうもそう云うこどだけでなく、もっと深い意味あいが存するようである。
「本源のいのちが自らを転展しているのが天地万象のすがたである」と云うのである。されば、どれもこれも、本源の命のおすがたである。長も短も、大も小も、一木一草夫々の」すがたのままに、本源の命の面目ということである。
「欠こと無く余ること無し」との御さとしである。十分たりていることである。
天地万象のすがたは、どれが偽でどれが真などと云うことはない。嘘いつわりはないことである。それをそのままに如是(かくの如し)と頂戴すれば良いことである。不妄語戒という。