日々断片 愚勝道

八月十九日~二十一日 大雄山最乗寺夏期禅学会に参加して

真夏の参禅会は杉木立に囲まれた大雄山最乗寺が一番です。大正時代から続いているそうですからもう八十年も続いていることになります。平均参加八十人として延べ六千人にもなります。最近は事前申し込み制になりましたが数年前までは当日申し込みでも受け付けて呉れて、とてもおおらかな会でした、これが盛況で長続きしている原因の一つかも知れません。禅学会に参加したいと思い、必死で仕事のやりくりをつけて、体調も整えて、参加しようとしたら、締め切りで断られた方も最近はいらっしゃるようです、本当はこのような方にじっくり坐禅をして欲しいと考えるのは私一人だけではないと思いますがいかがでしょうか。前置きはこれくらいにします。

最近の禅学会は全員本堂で坐禅をするようになりました。今回の第二日目の暁天坐禅は四時十五分止静。私は外を向いてほぼ本堂の真ん中に坐りました。外はまだ真っ暗です。左の方からは滝の音が轟々と聞こえています。真正面には碧落門の屋根がかすかに見えております、時間と共に屋根の向こうの濃い緑が次第に明るんできて、杉木立がこんなに高かったのかと再認識させられます。

山主さんのゆっくりした口宣が始まる、『山高き 御寺の中にあるほどに 吾もしばしの佛なりけり』 佐々木信綱この句を引いてのお話は毎年されているようですが坐禅している自分にぴったりする句で私もしばし佛になりきっておりました。

今回の山主さんの提唱は『従容録』第十六則麻谷振錫と第十七則法眼毫釐で提唱も良かったのですが脱線されたお話も忘れがたく、それはこうです。山門のお話です。余語前山主様が発願されてから現山主様が竣工されるまでのお話で、宮大工の棟梁は千葉の因さんと言う方で三人で六年間刻まれたそうです。発願されてから早めに図面は出来上がりタイからチーク材の買い付けまでは前山主様の代で出来たのですが、後の費用が足りなくて大変だったようです、神社仏閣は一般的には欅造りが多いのですが、奈良の東大寺の山門もチーク材だそうです。仏教が日本に伝わったように伽藍の作り方も日本に伝わったのでしょうか、山門の上には四天王・十六羅漢の二十体がおまつりされております。今回はこの山門に登らせて頂ました、自分の手なでてみて因さんがかけたであろう鉋のあとを感じることが出来ました。

羅漢拝というお勤めがあるそうです、五百羅漢のお勤めを順を追ってやるそうです。一般的には一日と十五日だそうです。大雄山では毎月二十一日に決めてお勤めをすることにしたそうです。たまたま二十一日は前余語山主様の命日であり現山主様の誕生日だそうです。さて『従容録』第十七則法眼毫釐に曰く『毫厘も差あ有れば天地懸に隔たる』と前余語山主様の毫厘も差が無い確かな発願を思う禅学会でした。

平成十七乙酉歳葉月廿七日 暁天坐禅後まとめる